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第1章 測る道具

1-1

●計量標準と測定器

 基準や標準などというものは一種の取り決めなので,最初にだれか(何人かで話し合うこともあるか
もしれません)が「こうしよう」と決めて,皆がそれに従えば,それが基準や標準になります.歴史的に
いくつか異なった基準が存在していても,使う人が最も多いものが自然と生き残っていき,そのうち標
準(デ・ファクト・スタンダード)として認められます.しかし,現代の物理学の標準は,計量法という
法律できちんと定められていて,国際的にも共通化が図られています.そしてより正確に,より共通化
しやすいように改定されてきています.
 例えば,時間の単位である1秒は,1956年以前は地球の自転1回転の86,400分の1でしたが,その後,
地球の公転の31,556,925.9747分の1に改定され,1967年以降はセシウム(Cs133)原子の固有振動の
9,192,631,770倍とされています.
 電圧の標準としては,カドミウム標準電池(ウェストン電池ともいう)の20℃における起電力を 
1.01864 Vとして用いていましたが,1970年代後半からジョセフソン効果を利用した基準が使われてい
ます.ジョセフソン接合を絶対零度近くまで冷やして高周波を照射すると,一定の電圧が得られるそう
で,それらを数千個〜数万個並べて1Vや10Vの基準器を作っています.大元になる標準値を発生させ
る装置を原器と呼びます(図1-1).
 測定としていちばん正確なのは,原始的な測定方法を使って原器と比べながら測る方法ですが,いつ
もそんな大掛かりで手間のかかることをやっていられませんし,設備の管理も大変で実用的ではありま
せん.原器は,正確さを保つためにその周りに付随する装置が大掛かりなのが普通です.
 そこで,原器と比べてもほとんど同じ,つまりある範囲内でしか違っていないと保証されるものや方
法を,原器の代わりに使って測った値を信頼することにしました.身近にある測定器は,ほとんどすべ
てそういった代替品です.
 皆さんが持っている定規(図1-2)は,その正確さ(狂いの少なさ)の程度で等級があります.例えば,
それはJIS規格の等級で表されています.マルチメータなどは,読み取った値が本当の値と比較して何
パーセントずれている「可能性」があるか,という規格(スペシフィケーション=スペック)がカタログや
取扱説明書に明示されています.
 基準に沿って作られたのに,なぜ原器と同じでないのかというと,まず作るときの誤差があり,作っ
た後も温度や湿度といった環境の違いでずれが少し生じます.定規は素材が伸び縮みしますし,はかり
はばねの強さが変化し,電気部品も値がほんのちょっと変わってしまいます.また,時間が経つことで
だんだんとずれてしまうという要因(経年変化)もあります.
 どれだけ信頼できるかというのは,トレーサビリティ(図1-3)という考え方に基づいて管理されてい
ます.世の中にある測定器をすべて原器と比べるわけにいかないので,少し正確さは劣るけれど扱いや
すい2次や3次の標準器を決めて,定期的に上位の標準器と比べることで末端までを管理します.比べ